天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い /中村哲
本書は、ペシャワール会所属の中村医師が、その半生とともにアフガニスタンでの活動を振り返ったものである。
中村医師が、現地において医師としての活動以上に取り組んでおられる砂漠化への対策、日本のダムや河川から着想を得た用水路づくりの工程に驚かされた。中村医師の活動は、着実に現地に緑を取り戻し、そのことによって、人々の安定した暮らしが根付きつつある。
「ペシャワール会」というと、現地での活動中にタリバンに拉致され、殺害された伊藤和也さんをまず思い出す人も多いだろう。
アフガニスタンで人道支援に従事していた伊藤和也さんが、なぜ殺害されたのか。
本書は、中村医師のアフガニスタンでの活動を総体的に記述したものなので、伊藤和也さんの記述自体は多くはない。だが、記述された内容から、中村医師の慟哭が聞こえてくるようだ。
アフガニスタンでの長年の現地での活動によって住民に信頼され、過激派のテロ組織でさえ手出しを躊躇すると評されたペシャワール会が、なぜ標的にされたのか。
伊藤和也さんが殺害される2008年に至るまでの過程を、中村医師は静かに振り返る。
「テロ特措法成立前の二〇〇一年十月十三日、私は縁もゆかりもなかった日本の政治中枢たる国会の衆議院特別委員会で、話をすることを求められた。」
▽2001年10月13日 中村医師が参考人として国会審議に出席した当時の議事録
第153回国会 衆議院 「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会」
第一次小泉内閣時代だ。
有事法制、テロ対策のために自衛隊を派遣し、国際社会、とりわけアメリカ政府の行動に追従する形をとるのか否か。憲法学者や軍事問題の専門家がお題目に対し直球の意見を投げる中、中村医師はまず、アフガニスタンに暮らす人々が直面している現地の課題ーー砂漠化、その影響による水・食料の問題を説明する。
そして、現地の事情や実態も知らない中で自衛隊派遣を論じる人々に対して、「先生方以上に一般庶民の方が冷静に事態を判断しておるということは言える。(中略)アフガニスタンのことは、もう当事者本人ですから、ある意味で非常に冷静なのはアフガニスタンの民衆であろうことをまず申し上げておきたいと思います。また、ああいう部族国家で言論統制しようというのが無理があるんです」と述べる。
自衛隊の海外派遣は憲法の枠内か否かというテーマに対しては、「英語で言いますと、これはジャパニーズアーミーというのですね、ディフェンスアーミー。必ず、日本軍としか訳しようがないですね。日本軍が難民キャンプに来るのかということで、憲法枠内どうこうというのは、これは日本側の内輪の議論でありまして、現地ではそうは見られない。ジャパニーズアーミーがアメリカンアーミーに協力しておる、こうしか見られないわけですね、どう見ても」と断じる。
さらに、「このニューヨーク・テロ事件の蛮行というならば、現在進行しておるアフガニスタンへの空爆は蛮行と……(発言する者あり)それは違うというふうにおっしゃいますけれども、テロリスト、テロリズムの本質は何かと申しますと、これは、ある政治目的を達成するために市民も何も巻き添えにしてやるということがテロリズムであれば、これは少なくとも、テロリズムとは言わないまでも、同じレベルの報復行為ではないかというふうに理解しております。たとえば自衛隊が……(発言する者あり)」
中村医師の発言に対し、おそらく自民党の議員であろう、不規則な発言を行う者がいたことを議事録は記録している。
国会において、いかに現場を知らずに海外への”自衛隊派遣”を論じているか。その象徴となるような質疑を発見したので残しておく。
渡辺周、当時は民主党議員で、現在は国民民主党に籍を置く国会議員と中村医師とのやりとり。
我々は医官の派遣を考えているとの渡辺議員の発言に対して、中村医師は、「結論から言いますと、これは余り役に立たないのではないか。私、医者としての立場から申しますと、言葉がわからない、何が危険かわからない、それから、どういうことでこの人たちが怒るのかわからない、どういうことが悲しいのか、どういうことがうれしいのかわからないという中で、臨床医学といいますか医療行為というのは成り立ちません。そういう情報の中で、手術場で外科の先生がわっと機械的な仕事をする仕事は別として、恐らくできないのではないか。
現地には千六百人の失業したお医者さんが、パキスタン人の医者がおります。現に、UNなどは、UNHCRなどは、こういう人々を吸収いたしまして現地で使う。もちろん、例えばアメリカ人が、逆の立場を考えてみればわかる。日本で何かあったからといって、突然アメリカ人の医者が派遣されてくる。いつから悪いのか、どこが悪いのか、肩凝りがしますか。肩凝りなんという英語はないんですね。そういうふうにして、そういう状態を御想像いただければ大体よくわかると思います」と、返答している。
また、自衛隊派遣を検討しているパキスタンの難民キャンプについて、現地の対日感情は良好であると繰り返した上で、「パキスタンはれっきとした一独立国家であること、逆の立場に立って、一独立主権国家としての立場も尊重しながら考えていただきたい」、そういう意味で、自衛隊派遣は「有害無益」だと断じる。
日本では海外の紛争地に自衛隊を派遣するか否か、そんな話ばかりが先行して、現地に暮らす人々の心情を考えているのだろうか。相手国の事情も歴史も知らず、「非民主的で遅れた国家」であると考えているのではないかと考えさせられた指摘であった。
なお、議事録には記録されていない(議事録に記録されていないというのはおかしな日本語であると思うけれど、実際そうなのだ)のだが、中村医師は本書にて、「自衛隊派遣は有害無益、飢餓状態の解消こそが最大の問題であります」と発言したところ議場は騒然となり、野次や嘲笑、罵声を浴び、さらに司会役の代議士に発言の取り消しを要求されたと記述しているが、これは議事録には残されていなかった。
最後にこの言葉を引いて、終わりにしたい。
「平和とは観念ではなく、実態である」
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